６ 特別講演：世界遺産･熊野古道の守り方
（日本イコモス国内委員会委員長 前野まさる氏）
|
私は宗教的な高尚な話はできませんので、市民レベルの視点からの話をさせていただきます。
長い間、住民と一緒に保存運動ばかりに取り組んできました。その観点から、自分たちの住んでいる土地がどのようにつくられてきたのかということを考えてきました。ひと言で言えば、「地の利」を活かしてまちをつくり、地域を営んできたということになります。
文化遺産の保存、地域の文化というものは、それが世界遺産という以前に、「地の利を活かして農・商・工・坑などを営み、築かれてきた町。その中で人々の心を癒し、創り、歓び、誇り、祈り、尊厳を代々作り重ねてきた」という、自分たちの土地に対する誇りがなくてはなりません。そうして創り伝えられた歓び、誇り、祈り、尊厳の展開が、地域の筋書き（文脈）を創り、次世代の感性を育てるのです。こういう文化遺産こそが、後世に伝えられるべきものであり、保存すべきものなのです。
それが、現在はどうでしょうか。農政が滅茶苦茶なので農地が荒れています。農地が荒れていくということは、国家が壊れていくということだと思います。紀州に広がる茶畑でも同じことです。
それらの農地のための祭りが各地に伝えられています。それは、土地の営みとのつながりを示す大切な文化ですが、子供が少なくて神輿が担げないから止めるなど、これも壊れています。
福岡県八女の人形芝居、籐細工、岡山県玉島の醸造所、愛知県有松の藍染など、全国各地に、地の利を活かした町や町並みがあって、その町や町並みから学ぶものがあります。
熊野古道も同じことですが、そのためには良い町が大切になります。良い町とな何か、その基本は「向こう三軒、両隣」です。これが良いと、町が好きになってきます。
昔の家にはよく植木が置かれていました。植木があるとそれについて会話が生まれるので、ただ町を美しくするだけでなく町のつながりになっていきます。それが、今ではどこへ行っても植木がなくなってきました。地域の心というものが地域の生活や家をつくります。家には心が表れるのです。その家というのは、代を重ねた大工の経験や知恵が詰まっているのです。
地域の営みは町の筋書き・文脈を創ります。それは次世代への遺産でもあり、時にはその文脈が地名になって残ります。
保存は誰のためかという議論があります。これまでの経験からわかっていることですが、日本人・住民のほとんどは保存が嫌いです。保存＝不便・古い・時代遅れ・・・・というイメージがあるようです。
だから、保存のための調査をするときにも、「調査」という言葉は使いません。「町の良いところを探しています」という言葉で置き換えています。そうすると、土地の人が自ずと案内してくれて、その土地の人々の誇りが見えてくるのです。
住民は町に誇りを持つことが大切で、調査する側はその誇りを上手く引き出すことと知ることが重要になります。そしてその成果は、役所や学者が取り込むのではなく、その場で住民に返してあげます。そうすることで次世代へ引き継がれていくのです。
保護されなくても残っている歴史的遺産というものもあります。それがなぜ残っているのかは、学者があれこれ評価して決めることではなく、まず住民から学ばなくてはなりません。安全な町を作るための不文律があります。�，△い気弔鬚垢襦文斥佞鮓鬚錣垢海函豊∩歃�は隣の玄関までする（ちょっとしたお節介）�Ｏ�地で子供が遊んでいたら面倒を見てあげる�の戮�留守のときは留守居番をしてあげる（留守中の家を気に掛け、帰ってきたときに「おかずを作りすぎちゃったからもらって」などとというわざとらしいことを言って隣家のお世話をする）�イ�しゃべりは小声でしない これが安全な町を創っているのです。町への誇りが、まちづくりにつながり、文化遺産を守ることにつながっていくのです。だから、町への誇りをきちんと創ることが大切なのです。
広島県福山市にある鞆の浦という港では、江戸時代から、波止め、常夜灯、船番所などが残る立派な歴史的港湾です。しかし、この港の一部を埋め立ててバイパスを作ろうという計画があります。ICOMOSからも国・県・市に対して保存を申し入れてきました。その計画に対しては、住民の3割の人が反対して裁判を起こしています。歴史遺産というのは、役所が残せというから残すものではなく、自分たちの地域に誇りを持って地域の暮らしを残すことです。
保存の３原則５要素をご紹介します。「性能を高めること、住環境の保全をはかること、建築の価値を表すこと」という３原則は、住民、外部者、行政という立場によって優先順位が異なるので、注意が必要です。
一番言いたいことは、世界遺産以前に、自分の町を良く知り、誇りを持ち、次に伝えていくことが大切だということです。 |
|
Ｑ1 保全についての話だが、コアゾーンがずいぶん傷んできている。ボランティアではその修復は無理です。誰がいつまでにどうやって補修していくのか、きちんと体制を作ってください。
Ｑ２ 曽根次郎坂太郎坂のコアゾーンに電柱が１１本も立っています。これは、ICOMOSの立場からすると、どうなんでしょうか。
Ａ２ 当時そこになかったものは、無いようにするというのが一般的な原則でしょうか。電気は無くせないので、見えないところへ移すということになると思いますが。どうするかは、国なり県なりに話していくしかないでしょう。 |
※ ページ作成者の勝手な感想
平成２１年度の重点テーマが「価値に気づく」に決まりました。今年の協働会議では、田中氏と前野氏による講演を聞いて、熊野古道あるいは「紀伊山地の霊場と参詣道」の本質的な価値とは何か、改めて考えさせられました。これについては、世界遺産に登録された当時から「文化的景観」とは何かといテーマの講演を聴いたりしていますが、改めて尋ねられるとなかなか答えられないものです。「伊勢路のどこにそんな価値があるんだろう？」と思っている地元の人は、まだまだ多いようですし、伊勢路を通して歩ける環境が整ってきたこのタイミングで、本質的な価値について改めて考えることは良いことだと思いました。
「価値を保存してこそ活用できる」という話も興味深いものでした。特に自然遺産は、人が入れば入るほどその価値が損なわれてしまうので、保存と活用の両立は難しいでしょう。しかし、伊勢路のルートが残っている三重県東紀州地域の大部分では、活用しすぎて保存ができないというわけではなく、地域の活力が減退しているために保存が危うくなってきているというのが現状ではないかと、個人的に思っています。保存を第一に考えるよりむしろ、かつて生活道として利用されていたように地域の中でもっと活用されて初めて、保存できる文化財なのではないかと思うのです。来年度の重点テーマ「価値に気づく」に取り組む中で、保存と活用のあり方も考えられていくことでしょう。
細々と熊野古道 伊勢路のサイトを運営する者として、「本質的な価値をどう捉え、どう伝えていけばいいか、難題だな・・・・」と思いながら会場をあとにしました。 |
