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ホーム >> イベント報告 >> 7/11 シンポジウム「想い出の矢ノ川峠」が開催されました。
イベント報告

7/11 シンポジウム「想い出の矢ノ川峠」が開催されました。(2009/07/20)  

国鉄バス紀南線が廃止されて50年の節目に、矢ノ川峠の “道”を舞台に繰り広げられてきた数々の人間ドラマを、関係者のお話を伺いながら、貴重な映像とともに振り返りました。
昭和34年(1959)7月15日、国鉄紀勢本線が全通する前日、それまで鉄道にかわって輸送を請け負ってきた国鉄バス紀南線(旧省営バス)が、ひっそりと幕を閉じました。
昭和11年(1936)から34年まで23年間1,000万人もの人々を運び続け、しかもこの間1度の事故もなく、標高808mの矢ノ川峠を越えた紀南線も、紀勢本線の開通とともにその使命を終えたのです。地元の方々は、この国鉄バスに大変な愛着を感じています。
前半では、そんな矢ノ川峠にゆかりの深い方々をお招きし、貴重なお話を伺いました。

―蕕瓩討僚性車掌 ゲスト:上田はつのさん
ゲストの上田さん、愛称ハッチャンは、昭和18年(1943)、18歳のときに国鉄バス紀南線で女性としてはじめて採用された車掌さんです。
トークでは、恥ずかしがりながらも、今も変わらない優しい声で当時の車内案内を読み上げ、会場は拍手喝采でした。

吉川英治に出会ったのは稲田のぶへさんではなかった  ゲスト:浜田加代子さん
ゲストの浜田さんは、矢ノ川峠の茶屋で長年バスに乗る人たちを暖かく出迎えた稲田のぶへさんのお孫さんです。
コロコロして「豆ちゃん」と呼ばれていた浜田さんは、よく母の宏子さん(のぶへさんの娘さん)に背負われて茶屋へ行ったそうです。吉川英治の「背の乳子を生ひふりかへるよき日あれ 峠の茶屋の榾焚きし母」と詠んだ「背の乳子」がまさに浜田さんでした。
稲田のぶへさんはどんな方だったか訪ねられた浜田さんは、「祖母は一言で言えば強い女性でしたね。」と懐かしそうに語られていました。

E豈濃童劇映画『道』撮影秘話  ゲスト:家城鉄平さん、山口実さん
ゲストのお2人は、映画のクライマックス、豪雨のシーンにて、ホースでその雨を降らせていた元消防士の方々です。お話にあわせて映画の一部も上映しました。
2人が立ち会った撮影は1月で非常に寒く、手袋に染み込んだ水が最後には凍ってしまい、撮影が終わったあとに指を広げると「バリバリバリ」と音を立てたそうです。
また、当日は寒さで道が凍っていたため、倒れている子役を抱き上げにゆく運転士役の俳優・天草四郎さんが、よく見ると走りながら一瞬滑っている、といった関係者でなければわからないマル秘情報を語っていただきました。

矢ノ川峠は現在では日常の交通路としては使用されておらず、人々の記憶からも消えゆくことが憂慮されています。
このシンポジウムを通じて、住民が強い愛着を持ち、東紀州における近現代の交通史を語る上で欠かせないこの「道」をどのように守ってゆけばよいか、多くの方が考えるきっかけになればうれしく思います。


バックナンバー
イベント報告
たくさんの方が矢ノ川峠の思い出話に耳を傾けました

イベント報告
楽しいトークを引き出すコーディネーターの杉谷さん(手前)と、ゲストの方々(奥)

イベント報告
峠にあった「丸福食堂」の看板も登場

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